ダラムサラまでの電車で慈悲の心を学ぶ

ダラムサラまでの電車の旅。正確に言えば、シルディから最寄りの小さな駅からチャンディガル駅まで一晩電車、チャンディガルで一泊して、翌日、バスでダラムサラまで7時間の移動でした。

電車から見えた景色は、かの有名なバガバットギータに登場する、クルクシェトラという地。本当に実在したんだ!と感動しました。
電車の中で、二人のインド人のおじさんが、アイスクリームや果物をくれたり、親切にしてきてくれます。
私と友人は上段のベッドにいたので、あまり話をしませんでしたが、チェリンは色々話をしていた様子。
「あの二人は電車のチケット持たずに乗ったんだって」とチェリン。
「え!じゃあ、夜寝るときどうするんだろう」と私。
「チェリンさん、無理言われても断れず、狭いベッドに割り込まれそうだよね」と友人。
夜、寝ていると、友人が、
「ねえ京子さん、下見てみて!大変なことになってるよ」
見ると、チェリンとお昼のおじさんの一人が狭いベッドに小さくなって寝ています。
しかも、チェリンの方が半身になって、おじさんは、大きな体をどーんと広げて寝ています。
友人が、「どんなふうにしてこうなったのか知らないけど、おじさんがチェリンさんの手を固く握って何か頼んでいる風で、次に気づいた時には、もう一緒に寝てたんだよ。割り込まれそうだよねって言ったのはほんの冗談だったんだけど、まさかね」と。
翌朝、チェリンに事情を聞いてみると、
「僕から呼んだんだよ」と。
「チケットなくて、座席に小さくなって座りながら寝てるのを見て、もし僕が同じ立場ならと思ったんだ。だからこっちに来て寝ませんか?って誘ったら、おじさんの方は何度も断ったんだよ。僕の頭痛があるのも知ってて、マッサージもしてくれたり、もう一人のおじさんが薬をくれたりもした。
僕の方から何度も頼んで来てもらったんだよ。そしたら、手を握って何度も感謝されてたんだ」
とチェリン。
手を握って頼んでいるように見えたのは、実は、感謝していたんですね。
驚く友人は「なんでわざわざ? 理解できない 。。。」と。
「インドはシェアの文化なんだよ。自分が食べてるものは必ず周りの人とシェアするし、困った人がいると、助ける。
Eさん(友人の名前)が、シルディで病気になったとき、私達の部屋に来ない?て誘ったけど、それと同じだよ」と私。
自分も少しの余裕しかないスペースに、今会ったばかりのチケットのないおじさんにスペースを譲る。
慈悲の心は、頭で分かっていても、実践するとなると難しいですよね。
みんな損得勘定で動くから。
自分は少しも損したくないと思う人、自分のことでイッパイイッパイのことが多いから。
自分さえよければいい、とか
困ってる人がいても、自分に余裕がないから見てみぬふりする、
という風潮の昨今、こんな風に、日々の中で、慈悲の心の実践を、いつもチェリンから学びます。

途中の駅で、ちょっと珍しいユニフォームを見ました。
どうやら、シーク教の人たちみたい。
女性みたいな格好をしてますがみんな男性です。

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