バラナシで500年、11代続く音楽家から音楽を学ぶ

早朝から、バラナシの街を歩きながら、音楽の先生を探しました。事前情報なしに、あるミュージックスクールの門を叩き、入ってみると、実はすごい音楽家のお家でした。あとで知ったのは、地味な看板だけで、何もアピールしないのは、あえて、本気の生徒さんだけが来るようにという意図があるとのこと。

朝9時半。奥さんが出てこられ、シンプルな説明。必死さがなくて、口数が少ないのは、自信があるからこそだろうと思わせる対応でした。

夫を読んで呼んで来ますと言って立ち上がるも、なかなか帰ってこない奥さん。しばらくすると、寝癖のついた髪と寝ぼけ眼で現れたご主人。

実は、どんな先生なのか、どんなアカデミーなのか、全く知らずにここまでやってきた私たち。

お話を伺うと、11代、500年続いている音楽家の家系だということがわかりました。

ずっと音楽家が11代続いているって、すごいですね。親の仕事を子供が受け継いでいく、インドらしい。

お名前を伺うと、びっくりするチェリン。実は、以前youtubeで聞いたことがある方だったとか。

チェリンの右側に立っている黒い服を着た男性がシタール奏者ミシュラ先生。左側が、親戚の方でタブラ奏者の先生です。

ご自宅の中に、たくさんのレッスン部屋があり、どの部屋にもたくさん楽器が置いてあります。リビングには、各部屋の防犯カメラのモニターがありました。

なんと、ご自宅の地下にコンサートホールがあります。

先生の演奏を聴きながら、「天才!」「すごい!」と、チェリンと二人で顔を見合わせて驚きました。

インドクラシック音楽のコンサートでは、いつも眠たくなってしまうのですが、最後まで、釘付けになりました。途中で、興味深い音楽の歴史や楽器についてのお話があったり、観客と一緒に遊んだり、先生の音楽人生についてのお話があり、あっという間に、感動的な時間がすぎました。

代々、音楽家の家系で、先生も、一時期は逃げて、医者かエンジニアになりたいと思っていたそうです。

シタール奏者であるお父さんのお弟子さんに、お医者さんやエンジニアの方がいて、「どうして、音楽を学んでいるんですか?」と聞くと、「仕事のストレスを忘れるため。音楽でリラックスできるから」という答えが返ってきたそうです。それで、医者やエンジニアになろうと思ったのをやめたのが一つ。

「もう一つの理由は、お父さんに、数学のことよりも、シタールのことを聞く方がずっと簡単だったこと」(観客の間に笑いが起こります)

「音楽家は、音楽を通じて、観客にムーブメントを起こすことができる。全員を”一つ”にすることができる。そうして、数千人をいっぺんに癒すことができる。いわば、医者と同じことをしている。

そして、メロディのピラミッドを作るという、ある意味、エンジニアでもある。」

そのお話に感銘を受けました。代々続く家系から逃げ出したくなる気持ちも分かるし、お父様のお弟子さんから聞いた話で、音楽家としての価値、そして、この家系に生まれたことの価値を再確認されたこと・・・全てに共感できました。

私の家はヨガの家系ではありませんが、途中で何か別の仕事をしようかなと思っても、やはり、私にとって、ヨガの仕事をすることが、簡単なのです。ですから、何度もヨガの道に戻って来ます。先生も、家系に逆らって別の道に進み、数学のことをお父さんに聞くよりも、音楽のことを聞く方がずっと簡単だったという話しを聞いて、すごく共感できたのです。

デオブラッド先生が呼んでくださった、フルートの先生から、チェリンはフルートを習いました。インドの横笛、バンスリです。

ダラムサラでも10回レッスンを受けましたが、今回学んだ時の方が、成長が早かったようです。

私は、デオブラッド先生の奥様から、歌を学びました。9年前に20回、2年前に10回ほどインドクラシックのボーカルを学んだっきりで、またゼロに戻っていたと思います。また一から学びなおしました。

下の楽器は、ハルモニウムというもので、アコーディオンに似ています。手動で空気を送り込みながら、空いた方の手で鍵盤を押さえます。

ここに学びにきている生徒さんたちの多くは、欧米人でしたが、何年も通っているためか、ヒンディー語がよくできていました。

ステージに立つと、威厳があり、すごい音楽家!という雰囲気の先生ですが、リビングでお会いすると、とても、カジュアルで話しやすい方でした。

演奏を聴いて、人を引き込み魅了する力がものすごい、デオブラッド先生からも学びたかったので、頼んでみると、1回歌のレッスンを受けることができました。シタールだけでなく、歌の歌い方も、すごく力強くて魅力的だったのです。

「どうやって、あんなに観客を引きつけ、巻き込むことができるんですか?演奏しているとき、何をイメージしていますか?」と聞いてみると、

「演奏するときは、観客のことは考えていません。神のことだけを考えて演奏しています」とのこと。

さすが!心の中で叫びました。

「演奏の途中で、歌も歌われていましたが、そのとき、あちこち、いろんな方向を見ながら歌われていましたね。あれはどうしてですか?」

「歌を歌うと、手が動くので、その手の動く方を見ているのです」

「その手の動きは・・・」

「はい?」と先生。

「その手の動きは、先生の中に存在している”神”(インナーゴッド)に従っているんですね」

すると、突然表情が変わった先生。「あなたの名前をもう一度教えてください」

私が名前を伝えると、「あなたは、いい感性をしています。もう一度、あなたに私はレッスンをしたいと思います」との言葉に、

「ぜひ!ありがとうございます」と喜びました。

残念ながら、家族のことで、すぐに帰国せざるを得なくなり、先生の2回目のレッスンは受けられなかったのですが・・・1回だけでも、とても嬉しかったですし、素晴らしい経験になりました。

最後の日に、リビングで記念撮影。日本やアメリカ、ヨーロッパなど、ツアーに行かれている先生。ステージでは、威厳があり、気軽に話せない感じですが、リビングでは、リラックスして、話しやすい雰囲気のお兄さんになられます。

チェリンが言うには、インドでは、先生は、生徒と一緒に床に座ることは、あまりなくて、私たちの目線に合わせて一緒に床に座ってくださったのは、先生がとても謙虚であることのあらわれだそうです。

インドでは、先生と親と神様は同等と考えられているくらいなので、生徒はすごく先生をリスペクトし、先生は日本のように冗談を言ったり、カジュアルな会話ができる雰囲気ではありません。

でも、こちらは、欧米の方もたくさん通って来ているので、厳格さは控えめな感じでした。それでも、先生をからかったり、冗談を言ったりするのは、タブーだろうなということは雰囲気から察することができます。

おじいさんは、王様にも音楽を教えてらっしゃったそうです。先生も、どこかの王様に教えられた経験もあるとのこと。

インドでは、音楽家でも、よく金の亡者になってしまうことがあるという話しにもなりましたが、先生は、

「お金のために、11世つづく、我が家の威信を失墜したくないのです」

「他の学校では、お金を騙し取られるかもしれないけど、ここでは、その心配をする必要はありません」とのこと。

お金に目が眩んで、11代続く信望を失ってしまうのは、本当に愚かなことですね。

偶然は存在しないと言いますが、偶然にも、先生や、このご家族に出会い、今回、音楽を学べたことは、非常にラッキーだったとしか言いようがありません。

まだまだ音楽の道のりは始まったばかりですが、将来、音楽と、ヨガ・瞑想をつなげて、みなさまに何かご提供できたらなと思っています。