ヨガポーズの元になった牛、ガンジス川の修行者 、死体を焼く場面を見て思ったこと

インド人が「ここで人生の最期を迎えられたら幸せ」と憧れる街、バラナシ。街の様子をご紹介します。
交通を邪魔する牛も、彼らにとっては神様。オートリキシャも、自転車もバイクも車も、慣れた様子で牛をよけて進んでいきます。
私が写真を撮っているのに気づいたのか、自転車の少年は頭を下げてくれていますね。日本人かのような気遣い。ありがとうございます(^^)
 

ガンジス川にも牛。3月、この時期の朝や夜は涼しいですが、昼間はすごく暑くなります。牛も犬も昼間はぐったり寝ています。

ヨガのポーズで、牛の顔のポーズ(ゴムカアーサナ)があります。肩こりに効果的なポーズですが、なぜ、あんなポーズになるかと疑問に思ったことはありませんか?
インドの牛には、背中にコブがあるから・・・という話を、昔、ヨガの先生に教えてもらったことを思い出しました。
チェリンが言うには、2000年くらい前のインドの牛は、このような牛ばっかりだったそうです。今は、ヨーロッパや中東から来た牛とミックスされたそうです。それにしても、その頃のままの牛が今も存在しているとはスゴイですね!


宿に戻る途中、道端でサリーを洗っている女性に、呼び止められました。ジェスチャーで、「レバーを押して!」の仕草。チェリンがレバーを押すと、水が出て来ます。インドは、なんでこんな道端で、服を洗ってるんだろう、お風呂に入ってるんだろうと驚くような光景に出会います。

宿がたくさんある街中でも、いろんな種類の新鮮な野菜が手に入ります。

私たちは、よく朝食にフルーツを買っていました。この日買ったのは、パパイヤとグアバ。これで70ルピー(約100円)安いですね!

中身を見たことない人もいると思うので・・・これがグアバの中身です。下に写っているのは、ポモグラネート(ざくろ)です。ざくろは4つで50ルピーでした。日本ではなかなか手に入らないフルーツをできるだけ食べておきたいと思います。笑

 
ガンジス川のほとりを歩いていると、たくさんのテントの中に、サドゥたちがいます。サドゥは、修行者と訳したらいいのかな。白い粉を全身に塗っている人がいますが、彼らは出家して、全てを放棄して生きると決めた人たちです。粉は、炭の粉なのですが、なんのためにこれを塗っているのかと言うと、「人は最後は炭になる。私は何者でもなく、ただの炭にすぎない」ということを象徴しているのだそう。でも、携帯電話で話しているサドゥを見て、あれ?と思うこともありました。笑

時々、観光客らしい人がテントの中に入って座っているところも見かけました。チェリンが言うには、ガンジャ(マリファナ)をやっているそうです。バラナシや他のインドでも、グレーゾーンということで、日本人も気軽にやっている人がいますが、時々、誘って来たインド人がお金ほしさに警察に密告して、逮捕されることもあるので、くれぐれも手を出さない方がいいです。
 
最初は、写真を撮ってもいいのかな・・・と、遠くからさりげなく撮っていましたが、欧米の観光客らしき人々が、ためらいなく撮っているのを見て、私も便乗させてもらいました。

この男性が首や頭に巻いているものは、ルドラクシャという、数珠に使われる実です。ルドラとは、シヴァの化身、雷の神様。ルドラクシャは、「シヴァの涙」の象徴です。
写真を撮り終えた後、この男性は、右手を上げて、柔らかい微笑みを投げかけてくれ、安心しました。
「快く写真を撮らせてくれて、ありがとう!」心の中でつぶやいて、その場を去りました。

よく、インドといえば、蛇使いのイメージを持つ人もいますが、その典型的な蛇使いにも、このあたりで出会いました。でも、写真を撮るには「マニーマニー」とのことでしたので、撮らずに、その場を去りました。
 
聖なるガンジス川では、毎晩、あちこちで、アーラティが行われています。アーラティは、朝晩、火とお香を灯して、神様に感謝する儀式のこと。ガンジス川のほとりを、ずっと歩いて行くと、いくつものアーラティに出くわしますが、どこも多くの観光客や地元の人たちで賑わっています。週末には、より大きな規模であるようです。9年前にバラナシに来た時は、ボートに乗って、ガンジス川の上からアーラティを眺めました→過去記事はこちらから

ボッダガヤで会い、たまたまバラナシまで来ることになった、フランス人と中国人のカップルとは、バラナシ最後の日まで、ご飯を食べたり、散歩したりしました。

9年前にたまたま見つけたラッシー屋さんにまた行きたいけど名前も覚えていないなと思っていたら、中国人のアイシャが、バラナシの事前調べで、行きたい場所としてマークしてくれていました。それで、再訪できたラッシー屋さん。彼らは、私が行きたいけど名前を覚えていない宿に連れて来てくれたカップルでもあります。こんな偶然の一致が、本当によく起こります。
今度は名前忘れないように、ここに書いておきます。「ブルーラッシー」
2回行きました。店内は昔と全く同じでした。左が、ざくろとココナッツのラッシー。右がミックスフルーツのラッシーです。すごく美味しい!90〜120ルピーくらいです。

店内に座って食べていると、店の前を、何度も「死体」が通って行きます。
というのは、この先に、死体を焼く、ガンジス川の火葬場があるからです。
日本なら、死体が日に何度も目の前を通って行く場所にあるお店なんて、「縁起が悪い」と出店もしたがらない、あってもお客さんが来たがらないかもしれません。
しかし、やはり、これがバラナシという場所だからこそ、なんでしょうね。
火葬場で死体を焼く場面も見ましたが、その前で泣いている人もいらっしゃいましたし、ご家族やお友達にとって悲しい気持ちはあるに違いありません。
しかし、インド人にとって、バラナシで死ねることは、最高のこと。亡くなったご本人にしても、そのご家族にしても、「バラナシで死ねてよかったね」と思っているんじゃないかと思います。
火葬場では、写真を撮る気持ちにはなれませんでしたので、ブログでご紹介できませんが・・・
火葬場の近くには、多くの木が、家の高さほど積まれていました。これは、毎日次々に運び込まれて来る死体を焼くためのもの。
火葬場は、怖いとか、不気味とか、嫌な感じとか、ネガティブなエネルギーとか、悲しいとか、そういうものは全くなかったです。
どんな気持ちかと聞かれれば、「無」・・・
シーンと静まり返った、瞑想をした時のような感じでした。
 
街には、必死に生きようとする、生命力の強さを痛いほど感じさせるインドの人々が溢れ、
一方、ガンジス川のほとりには、世俗の欲や執着を放棄した修行者や、私たちみんなが必ず迎える死に出会う場所がある。
生と死の間を、1日の間で行ったり来たりできるバラナシは、そういう意味で、特別な場所なのです。